元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

「理科好き」にする幼児教育法

 

娘が3〜4歳くらいのとき。

毎日「なんで?」の猛攻でした。

「なんで赤は赤っていうの?」

「なんでメロンは美味しいの?」

 

……知らないよ!

 

 

子供は「なんで?なんで?」とよく言いますよね。なんでもかんでも「なんで?」。

子供の探究心はすごいんだよ、大事にしましょう、というお話を時々耳にしますが、多分、これ、探究心とはちょっと違うんじゃないかな思います。

 

ただのかまってちゃん。

親の気を引くための。

 

ちょうど同時期に「みて!」攻撃がありますよね。これと同義なんじゃないかなと思うんです。

 

だから、「なんで?」に真面目に答える必要は無いと、私は思うんです。「あ、かまってほしいんだな」と受け止めればいいんだと。じゃないと、親が真剣に考えちゃったらただ疲れるだけです。時には真面目に答えても生返事が返ってきてイライラしたり。それはあまり望ましくないですよね。

 

子供の「なんで?」攻撃は別に答えを求めているわけではない、と、割り切ってしまえば、だいぶ気が楽になります。一旦受け止めてさらっと流せばいいやと。「なんでだろう、不思議だね~」って。

 

中にはすごく素敵な方もいますよね。子供たちがワクワクするようなおとぎ話をさらっと返せたり、子供の意識をつかみながらそっと本質へ導いたり。

ちょっと例を挙げたいのですが、私にはそんな発想力が実装されていないので、残念ながら例すら思い浮かばないです。そうだな…サザエさんに出てくるフネさんが機転を利かせて言うセリフ、みたいな…?とにかく、「上手いなぁ」と感心させられるようなことが言える方、本当に尊敬します。

 

でも最近、「なんで?」攻撃に対して、一緒に考える遊びをしてみると面白いということを発見しました。これなら機転が利かない不器用な私でも簡単にできるんです。

 

 

例えば……

 

「(冬の朝に)なんで息は白いの?」

「私は、湯気って温かいから、温かいと白くなるんじゃないかなと思うけど、○○ちゃんはどうしてだと思う?」

 

と、自分の考えを言ってから聞き返してみたり、

 

「なんで道路は灰色なの?」

「石も灰色のものが多いよね。なにか似たようなものなのかな?」

 

と、自分の考えを言ってから聞き返してみたり。

 

そう。

 

一緒に考える遊びでは、「大人が自分の考えを言ってから、子供に聞き返すこと」がポイントです。

 

もし自分の考えを何も言わず、なんでだと思う?と聞き返したら、子供は「わからない」とこたえるでしょう。

自分の考えだけを言えば、子供はそれを鵜呑みにして、さらに「じゃあ何で石は灰色が多いの?」って聞いてきたりします。「なんで?」の無限ループです。

そこでです。自分の考えを言ってから、子供にも考えさせてみる、ということが、なかなか良いのです。大人が「事実」ではなく「自分の考え」を言うことで、子供はおそらく「あ、私も考えてみていいんだな」というメッセージを受け取ってくれるのでしょう。

 

理系な私ではありますが、世の中の理をちゃんと把握しているわけではないし、子供に誤解のないように伝える術など持っていないのです。そんな自身の無さから、子供の「なんで?」には極力「○○だと思うよ。たしか…。」という、ある種の逃げワードとして自分の考えを言っていたのですが、これが案外、子供にいい影響を与えているのではないかと気づいたのです。

 

少なくともうちの娘たちにはとても効果的でした。

「なんで?」攻撃がぱったり止むんです。そして、夢物語を語り始めるんです。想像力を膨らませて、面白い考察をしたり、時にはものすごく本質を突いたことを言ってきたり。娘がワクワクしながら「考える」ことを楽しんでいる姿を見ると、私のほうもにこやかに娘の話に付き合うことができます。

 

 

この、「自分の考えを言ってみてから、子供にも聞き返す(考えさせる)」ということ。

「なんで?」攻撃に真面目に答えるのがめんどくさいときも、「なんで?」の答えがわからない場合にも、どちらにも使えます。

 

これ、オススメです。

 

 

実は「自発的に考える」ということは、理系の分野にはものすごく大事なことです。

理科という科目は、目に見えない現象を紐解いていく科目です。ほとんどが頭の中で組み立てていく作業になります。

幼児期のうちから考えることを鍛えていけば、理科という複雑なモノに出会ったときに「考えつかれて嫌になる」ということなく、理解するまでじっくり考えられることでしょう。

 

 

……多分ね。

 

 

ちなみに私は、学生時代までは「考え疲れちゃう」タイプでした。

で、数学と物理は大の苦手で、ほぼ赤点でした。でも理系の道に進んだ理由は、暗記が苦手で文系教科がとことんできなかったことと、生物学は唯一、図が豊富で、絵で覚えることができたからです。

大学院、研究職、と経験していく上で、考えることが徐々にできるようになっていきました。実験をして先輩や先生に指導されたり、先輩の実験の組み方を見て学んだり。

ですので、考える力は先天的なものではなくて、トレーニングで手に入れられるものだと思います。

 

「なんで?」攻撃に、一緒に考える遊びをしながらトレーニングしていくのもいいですし、数独とかのペンシルパズルや、以前紹介したブロックス囲碁将棋等、何層にも深く潜って考える要素のあるゲームもトレーニングになると思います。

 

 

考えること。

 

まずは親である自分がやって、それを見た子供も真似して自由に考えてもらえたらなと私は思って、今日もブツブツと自分の考えをぼやきながら生きております。