元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

…で、英語はできるようになったのか?

 

私は以前こんな記事を書きました。

 

 

ssca-koga.hatenablog.com

 

 

自分なりに英語と日本語の違いを分析して、どうやって英語に接したらいいのか、どうやって学んだらいいのかを考えてみたんです。
日本語というのは英語と性質が全然違うから、日本語と英語を一対一で対応させるのは不可能だ、とか、
文章として単語や語彙を覚え、感じ取ることとか、
そういったことをくどくど綴りました。

「色々考えたんで、今から実践してみます〜!」

みたいな宣言までして。

 

 

……で、私よ、英語はできるようになったか?

 

 

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問1、私は英語ができるようになったでしょうか?

 

①いいえ

②NO

③やってない

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答え…③

 

 

あれだけ意気込んでたのに。

どうもやる気が起きない。

 

そして、気付いたんです。

前回の記事で、英語学習に一番大事なことが抜けていたことに。


モチベーションです。
モチベーションが無ければ、人は動かないんです。
育児に、仕事に、てんやわんやな毎日。
空いた時間くらいはリラックスしたり趣味に使いたいじゃないですか。
わざわざ苦行なんてしたくないじゃないですか。

 


そして私は逃げました。

 


中国語に。

 

なぜ中国語に!?

と、思われるかもしれませんが、なんの脈絡もなく唐突に進路変更するのが私です。

深く考えないでください。

 

一応理由がありまして。

 

……ふと、思ったんです。
私、漢字読めるし、中国語のほうが早くマスターできるんじゃない?
日本の観光地歩いていても、英会話よりも断然中国語のほうが耳にする機会多いから、中国語分かったほうがおもしろいんじゃない?

そう、理由は「おもしろそうだから」。それだけです。

 


本当になんとなく、レビューの良かったこの本↓を一冊買って、中国語を勉強し始めてみたんです。

新ゼロからスタート中国語 文法編

新ゼロからスタート中国語 文法編

 

 

 

 

結論を言います。

 

 

楽しい!

 

 

わくわくするんです。

 

こんなに語学って楽しかったっけ?

どうして英語はあんなに苦行になってしまったんだろう?

 

そんなわくわくを胸に、中国語の勉強を始めてから約一か月がたちました。

隙間時間で、一週間平均で3時間くらい勉強してるかな。

どんなことをやっているかというと、

 

①音声CDを流しながら、テキストを眺める。

 →これを一通り最後までやる。

 

②音声CDを流しながら(時々止めながら)、音声CDの真似をして発音してみる。テキストのピンイン(発音表記)を見ながら。

 →これを数日かけて最後までやる。

 

③ ②を繰り返す(たぶん2周くらいしたかな?)。

 

こんなかんじ。

 

それでどれくらいできるようになったかというと。

 

我是日本人(私は日本人です。)

我没有电脑(私はパソコンを持っていません。(嘘だけど))

 

を覚えました。

 

これだけかよ!と思うかもしれません。

でも、言い訳させてください。覚えようとして勉強しているわけではないんです。

覚えようと思って頑張ってしまったら、一気に息が詰まるからです。楽しくないもん。

だから、覚えようとする行為は一切抜きにして、「中国語ってどういう構造なのかな」「こんなことを言うには、どんな文法を使えばいいのかな」なんてことを考えながら、テキストを眺め、発音をしています。

シンプルに、知的好奇心のみを原動力にして。

 

それだけで、覚えようと努力しているわけでもないのに

 

我是日本人

我没有电脑

 

が覚えられて、しかも「是」の使い方(否定型は不是)、「有」の使い方(否定系は没有)も理解できたんです。

 

ピンインを見れば何となくですが発音することができるようになったし、数字は100くらいまでは言い方がわかりました。単語も10個くらいは覚えました。

 

この程度で喜んでるんじゃないよ、まだ全然使えるレベルじゃ無いじゃん!とお叱りを受けるかもしれません。

 

それでも、自分の中では、勉強を始める前と比べると、別人になったかのような感覚なんです。

 

新しいことを知るという感動と、自分の言いたいことが中国語で組みたてられた感動、それから、中国語で話されている文章の中で、たった一つでも知っていることばを見つけた感動。

そして何よりも嬉しかった瞬間は、Google音声入力で、私が見様見真似で発した中国語がちゃんと認識してもらえた瞬間。

 

「おぉー!」

 

ってなりますよ。

だって、私がしゃべったら、中国語の漢字がズラズラ〜って出てくるんですよ。

そして私が意図していた文が出てきた日には…!

 

私、中国語ちょっと話せるんだぜ。

 

ってダンナに自慢しました。

 

こんな些細な感動が、今のところの私のモチベーションになっているんです。

どれくらい中国語ができるようになりたいか、の目標なんてひとつも設定していないのに、純粋に楽しめている。

 

 

これだ!

語学は本来楽しいものなんだ!

英語だって、楽しめばいいんだ!

 

 

どうして私にとって英語が「苦行」になってしまったのか。ちょっと考えてみました。

 

まず、英語を始めた中学生のときから、英語=「できないといけないもの」なんです。

単語の小テスト、学校の定期テスト、高校入試でいい点数を取らなきゃいけないもの、だったんです。

単語を覚えるために書き取りをし、先生が教えた文法は何回も繰り返して復習し、定着させるために何回も問題を解いて…。

時には自分で教科書の英文とその訳を写したノートを自作しました。

訳は赤いペンで書いて、赤いシートで隠したりして暗記ですよ。

暗記暗記。動詞の活用、名詞の用法、時制。間違えると減点なんで。

単語帳まで自作してましたね。赤ペンで。

そこに、ネイティブスピーカーの発音は一切無しです。そもそもネイティブの発音なんて、年間で1時間も聞かなかったと思う。AETの先生は居たけど、超絶ゆっくり話すし(ゆっくり話されても何言ってるかよく分からない)、教科書の英文を先生がカセットで流したりしてくれたけど(カセットの時代ですよ!)、1つの英文につきせいぜい2回程度です。

それで定期試験になって「はい、じゃあ聞き取とりのテストです」っていって、初めて聞く英文がカセットデッキから流れるわけです。

吐き気がするくらい集中して聞いて、分からないときは問題文の特徴から答えを必死で推理して…

 

 

我ながらよくやってたよ。

よく頑張ったよ。

辛かった。

でも唯一の励みは、テストの点数だった。

成績優秀者として褒め称えられるのが嬉しかった。

そして、成績が落ちるのが怖かった。

 

点数が落ちていくことが怖くて、やるしかなかったんです。

 

 

 

でも今になって私は知ってしまったんです。

 

 

語学は減点方式じゃない。

ひとつ知ったら、楽しい。

ひとつ使えたら、嬉しい。

伝わったら、もっと嬉しい。

 

そう、嬉しいものなんです。

 

 

 

赤ちゃんや子供が母国語を習得していく過程を、私は間近で見ているわけですが、

赤ちゃんの時って、1言、話ができると、周りが大喜びするんですよ。そして、発した一言が周りの人に伝わって、何か要望が叶えられたとき、例えば、自分が「まんま」と言ったら親が食べ物を用意してくれたとき、ものすごい満足感と自信が得られると思うんです。

言葉を覚えはじめの子供は、得意げになって同じことを何回も言いますが、それは伝わることの嬉しさを噛みしめているんでしょう。

その嬉しさが、語学習得の本来のモチベーションなのだと、私は思ったんです。

 

 

で、どうしたらいいか。

どうやって英語を勉強したら楽しめるか。

 

 

…を考える前に、どれくらい英語を勉強すれば使えるようになるのかを調べてみました。

どれくらいの期間、モチベーションを維持させる必要があるかってことも重要ですから。

 

英語ペラペラな方々が「英語ペラペラになる方法」を紹介している動画をよく見ますが、皆さん口をそろえて言うのは、
「英語ができない、と言っている人の、英語に触れる量、学習時間が全然足りてない。」

ということです。

英語教材の宣伝文句で、聞き流すだけ、とか、○ヶ月でペラペラに、なんてものがよくありますが、それで英語を修得(ネイティブと意思疎通できるレベル)できるということはまずありえないそうです。

(海外旅行に行ける程度の英語力はつくかもしれませんが)

 

以前の記事でも紹介しましたが、数ヶ月で英語が話せるようになるという宣伝文句の「スピークナチュラル」は、限られた場面(海外旅行のときとか、海外から来た人への対応(挨拶程度)とか)での英会話を丸暗記するものでした。おそらく他の、「数ヶ月でペラペラ!」系の教材もそういったものじゃないかなと想像しています。

そういった、限られた場面での英会話を暗記しても、すぐに忘れてしまいます。そう頻繁に海外旅行にも行きませんし、覚えたものを使う機会がなければ仕方のないことです。そして、限られた場面の会話を覚えたところで、ネイティブの自由なコミュニケーションは聞き取ることもできなければ話題に入っていくこともできません。

 

私は勝手に、アルクヒアリングマラソンくらいのボリュームが、必要なんじゃないかな、と思います。

(あくまでも様々な英語スピーカーさんたちの動画を見て、私個人が受けた印象です。もちろん個人差はあると思います。)

 

ヒアリングマラソン、題材は面白いんですが、結構大変なんです。

毎日じっくり30〜1時間ほど、集中して英語に向き合わなければいけない教材になっているんです。そして何よりも、難易度が高いです。(個人的にはもうちょっとゆっくりで簡単で、自然な英語(ネイティブスピーカーが小学生に話しかけるくらいの)にも触れたいです。)

ヒアリングマラソンでビシバシしごいてもらって、このプログラムが完璧にできれば、そりゃ英語力は伸びるでしょうが、挫折する人も多いそうです。

やっぱり、ずっと向こうにある大きな目標に向かってストイックに頑張る、というスタンスの教材ですから。

ストイックになれない私は、まだ手を付けられていない冊子が数冊、大事に本棚にしまってあります。

 

 

つまり、英語は毎日、それなりにやらないとできるようにならないんです。かなりの時間を、集中して、英語に注がなければいけないんです。

 

 

あぁ、またネガティブな言い方をしてしまった。

言い換えましょう。

 

 

できるようになりたい、という気持ちを持ちながら、毎日、少しずつ嬉しさや満足感が得られるような方法でコツコツ勉強すれば、英語はできるようになるんです。

 

 

言い方変えるだけで、ちょっとわくわくしてきませんか?

 

 

じゃあ、どうやったら英語を楽しめるのか。

 

 

身も蓋もないことをいえば、「楽しさの尺度なんて人によりけりなので、自分で楽しめるやりかたを見つけるしかないよね。」

です。

当然っちゃ当然のことです。

 

 

もし趣味があって、「これハマってるんだよね〜」「めっちゃ楽しいんだよね〜」って言えるものがあれば、それがなぜ楽しいと思えるのか、どうやって自分はそれができるようになったのかを分析して、英語に応用してみるってのもいいかもしれません。

 

 

私の場合は今のところ中国語と、ピアノです。

ピアノは幼い頃から習っていましたが、小学校高学年くらいでクラシックがつまらなくなって辞めてしまいました。中学校になって合唱の伴奏を弾くようになってまた楽しくなってきたのですが、高校からはほぼピアノに触れず、ピアノを再開したのは今から約3年前。娘にピアノを買い与えてからです。

今は特にピアノ教室に通ったりはしていません。自分で好きな曲を自由に練習しています。

ピアノ教室で習っていた頃よりも今のほうがずっと楽しんでいるし、ハマってます。暇さえあればピアノに向かっています。

 

なぜ習っているときは辛かったか、なぜ今は楽しいか。

英語と同じです。

習っているときは、できないと先生に注意されるからです。頑張らないといけないからです。好きでもない曲を、楽譜通りに、間違えないように反復練習。

(もちろん、嫌々ながら頑張ってきた下積みがあってこそ今があるのですが)

つまり、減点方式だったんです。

 

でも今は。

「できたら嬉しい。だから練習する。」

これだけです。

そして大人なので、自分で「これならちょっとやればできそう」な課題を設定できます。

それから、難しければアレンジして、シンプルにしてしまえばいいんです。

私は手が小さいので1オクターブがギリギリ届きません。

習っていたときは、それでも頑張っていました。指を毎日ストレッチしたり、手の反復横飛びでごまかしたり。

でも今は、1オクターブなんて弾かずに、テキトーに和音つけてしまっています。それで十分、曲として成り立つんです。

速くて指が動かなければ、ある程度音を減らして、ごまかしてしまっています。

別に、下手でもいいんです。

自分の耳が満足できれば、それでいいんです。

 

ちょっと英語と似てませんか?

 

文法が完璧でなくても、多少間違っていても、言い回しが多少幼くても、全体として伝わればいいじゃないですか。

で、伝わったら、嬉しいじゃないですか。

 

 

考えれば考えるほど、ピアノと英語(語学)って似てる気がします。

 

 

似てる気がするので、思い切って「ピアノと英語(語学)の習得のプロセスが一致する」と仮定しちゃいましょう。

すると、こんな仮説がたてられます。

 

 

「英語も完全独学でそこそこペラペラになることが可能である」

 

 

だって、ピアノは大部分が個人プレーですから。

家で一人でコツコツ練習して、できるようになるものですから。

 

この仮説が正しかったら、すごくないですか?

だって、英語なんて「英会話してなんぼ」が今のところの定説じゃないですか。

私みたいな引きこもり体質でコミュ障気味で、家族と親友以外は日本語でも会話が続かない人間にとって、英会話ってハードル高すぎなんです。緊張しちゃって言葉なんて出てくるわけない。

英会話教室に通ったって、フリートークの時間にはただただ動悸がするだけで言葉など出ず、教えてもらうにしても、どきどきしながら先生の言ったことくりかえして、それで終わりです。

心臓に悪くて、ついでに自己肯定感もだだ下がりです。

そしてそこそこ高額の支払いがさらに、私にプレッシャーをかけてくるわけです。

 

「料金100%会社持ちにするから英会話教室必須ね!」くらいの強制力があればやりますよ(就労時間内であると尚良し)。でも、中途半端に「会社側で3割補助するので、希望者は申請してください。」とか、「ちょっと海外のお客さんくることあるから、英語やっといたほうがいいよ」くらいじゃ、私は英会話教室には行こうとは思えないのです。

ましてや、今現在の私の、「いまは特に英語必要ないけど、話せたらかっこいいよね」レベルの需要で英会話教室に月1万円とかとても払えません。

ヒアリングマラソン(しかもハーフマラソン)でギリギリです。

 

 

でも私の思い切った仮説がそこそこ正しければ、英会話教室に行かなくてもいいんです。

英会話教室に行かない=アウトプットが必要ない」 というわけではありません。

ピアノはアウトプットありきの活動です。

鍵盤を押すことなく、ピアノができるようになんてなりませんよね。

アウトプットして、その響きを自分の耳で聞きながら練習するんです。

練習した結果アウトプットが上手くいくと、そこで達成感が得られてモチベーションにつながるんです。

このプロセスが、英語にも適用できるとしたら。

 

 

(ピアノをやったことない人にはイメージしにくいかと思いますので、「ピアノと英語」については後日、別の記事で詳しくまとめることにします。)

 

 

もしかしたら、ここに、私の英語克服へのカギが隠されているかもしれません。

使えるようになるまで、楽しく、続けられる、カギ。

 

もうちょっとじっくり、模索していこうと思います。

 

 

あくまでも「私の」です。

私の、英語を克服する方法、です。

あしからず。