元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

「怒らない育児」は幻でした。

 

育児してるとよく聞きますね、「怒らない育児」。

怒らない育児の定義は人それぞれかと思いますが、ネットの意見からなんとなくまとめてみると、

 

・子供に対して感情的になって怒らないこと。

・怒りたくなっても気持ちを抑えて、冷静にちゃんと子供に理由を説明する。

・必要に応じて叱る(危険なこととか、人を傷つけるようなことがあったら)。

 

こんなところでしょうか。

 

 

無理。

 

 

だって、にんげんだもの

人並に感情というものを持っているもの。

子供にやりたい放題やられたら、あーーもう!!ってなるもの。

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そこで、考え方を改めました。(開き直り。)

 

怒ってもいいじゃん。

感情的になってもいいじゃん。

それが、人間が進化の過程で得た、コミュニケーションの手段じゃん。

 

ということで、「怒る」ということを正当化してみようと思います。

 

 

例えば子供がジュースをこぼしたとき。

「なにやってんの!こんなにこぼして!」

と怒ったとします。

子供はこれをどのように受け止めるか。

おそらく、「ジュースをこぼすこと=よくないこと」はすぐに理解する。

ここまではいいんです。

でも、子供は「どうして自分がジュースをこぼしてしまったか」、「どうしたらこぼさないでいられるか」、「ジュースをこぼしたらどうしてお母さんはこんなに怒るのか」は理解できていない。

だから、子供は混乱する。怖いと感じる。

ここで「怒る」を終了してしまうと、そりゃ「怒る→悪影響」となりそうですよね。

 

ポイントはそのあとです。

 

怒ったら、必ず、「じゃあどうすればいいのか」を伝える。

どうして怒ったのか、どうしてそういう感情になったのかを伝える。

 

「コップがあるときは、動き回らなければ大丈夫なんだよ。ジュースを飲んじゃってから、遊べばいいんだよ。」

「コップをもうちょっとテーブルの奥においといたら?」

「あなたがこぼしたら、私が拭かなきゃいけないじゃん。私もご飯ゆっくりたべたいのにさ。だからイライラしちゃうの。」

 

こんな風に、付け足してみる。これ、どうでしょう?

 

そもそも私が怒るってどういうときか、考えてみます。

例え子供が水をこぼしても、子供自身で拭けるのであれば、私はイライラしないわけです。「えー、こぼしたの?そこのタオルで拭いといてねー」で済むんです。

それが、なぜジュースをこぼしたら怒ってしまうのか。

べとべとするのが嫌だからです。

私が掃除しないといけないからです。

掃除したあとの雑巾やタオルを洗わないといけないからです。

ただでさえいろんな家事育児タスクを抱えているのに、タスクが増えるからです。

ジュースがもったいないからです。

子供が無駄にふざけなければ、ジュースをこぼさなくても済んだのに、と思うからです。

 

この理由を子供は知らずに、ただただ怒られてしまったら、「お母さんが怖い」「失敗して怒られた時にパニックになる」となったり、さらには成長したときに「人の顔色を気にする」「極端なあがり症」になったりすることがあるそうです。

(大学のときに学んだ児童心理学のおぼろげな記憶より。)

怒ることが悪いわけではなく、子供がその理由を理解できないこと、どうしたらいいかの対処が分からないことが問題なのです。

 

だからそれを子供にちゃんと伝える。子供の年齢に応じて、子供が理解できるように。

カッとなったら、その場で怒った理由を自分で考えて、子供に伝える。

 

 

これ、私が怒らない育児を断念してから、うちの子供たちにやってみているんです。

 

私は人間らしく、普通に怒るし、感情的にもなる。

子供に対して、「うるさい!」とか「嫌だ」とか「めんどくさい」とかも普通に言う。

でも必ずそのあとに、「だって、こういう理由があるんだもん」「こうするなら、いいよ」「こうしてみたら?」と付け加えてみる。

 

怒りながらその理由を自分の中で考え、子供に説明していると、けっこう自分、理不尽なこと言ってるなぁ、と気がつくことがあります。

で、「そっか、私がこうすれば、こんなことにはならないんだね」なんて反省することもあります。「そうだよー、今度はこうしようね」と子供にたしなめられることも。

 

 

ちくちく怒られながらも長女6歳、次女4歳に成長しましたが、今のところ特に困ったことにはなっていません。

むしろ自分の意見をガンガンぶつけてくる、たくましい女子に成長しつつあります。

 

「お水こぼしちゃったー、でも水だから大丈夫だよね?ちょっとだけだし。」

「洗面台びちょびちょになっちゃったからタオルで拭いたんだけど(全然拭けてない…)、新しいタオル出していい?」

「お味噌汁のお椀、ここにあるとこぼしちゃいそうだから、こっちに置いといていい?」

「このおもちゃ、うるさいからあっちの部屋でやろう!」

 

なんて言ってます。

 

 

一応、自分で状況を判断して考えるようになっているので、良しとしますか。

 

 

これが、もっと成長した時にどんなひねくれ方をするかはわかりませんが。

 

 

 

我が家の「怒ってもいいじゃん」育児が、この子たちにとっていいことなのか悪いことなのかはわかりません。おそらくこの先誰にも分らない。

 

でも、どんな育児法であれ、子供が大きくなってから「自分の育て方が悪かった」なんて言ってしまったら、それは成長した現在の子供を否定することになるでしょう。

そういう気持ちになること自体が、子供を傷つけかねません。

 

巷の育児情報に身を委ねないこと、よく考えながら自分と子供ならではの関係性を築いていくことが、「育て方を後悔しない」ためのコツなのかなと思います。

だから、「怒ってはいけない」とか「これをやってはいけない」とか、親が無理をしてまで育児をそういう「型」にはめることは、あまり良い方向にはいかないんじゃないかな、と、なんとなく感じています。

 

 

素直になりましょ。

喜怒哀楽があってこそ、にんげんだもの

 

 

 

 

最後に、先日あった出来事を。

 

回転ずしに行ったんです。

隣のテーブルは大家族で、パパ一人と子供3人(小学生と4歳くらい)がいました。

そろそろおなかいっぱい、お会計しようか、という状況だったと思います。パパは3人の面倒をみるので忙しそうで、うっかり目を離したスキに4歳くらいの子が勝手にお皿を取ってしまいました。

その時、パパが「それ、とっちゃだめだよ!●●くん、食べたいの?」というと、●●君は慌ててお皿をレーンに戻そうとしました。

パパは「ダメダメ!戻しちゃいけないよ、一度とったら戻しちゃいけないんだよ」といい、●●君からお皿を受け取りました。そして笑顔で言いました。

「でも●●君、取ってくれたんだね、パパこれ好きだから、食べるね。ありがとうね。」

 

 

 

過去にあった出来事をもう一つ。

 

 

A君とB君が児童館で遊んでいました。どちらも2歳半くらいです。

B君はおままごとで遊んでいましたが、A君は何が気に入らなかったのか、B君のならべたおもちゃをめちゃくちゃにしてしまいました。

A君のママはすぐにA君を引きはがして、言いました。

「B君が遊んでるのに、めちゃくちゃにしちゃダメでしょ!」

そして、笑顔で、

「そんなことする子は、こちょこちょしちゃうぞ!」

といって、くすぐり始めました。

 

 

この親御さんたちが、素でそうやっているのならば、私はこの光景を見て何も引っかかったりはしないでしょう。ただ、どちらの出来事でも、一瞬、親御さんの表情が曇ってから、つくり笑顔をしていたような気がするんです。「はっ!怒ってはいけない!」と頭をよぎったかのように。

でもね、

子供がよくないことをうっかりしてしまったときに、親が笑顔になったら、子供は混乱しませんか?今自分がやったことはいいことなのか悪いことなのか、わからなくなってしまいませんか?

 

子供は空気を読めません。

言葉の理解も十分ではありません。

親の表情が、物事を理解したり人格を形成するのに重要なんです。

 

「怒らない育児」を意識するあまり、嘘の表情をつくってしまったら、子供の成長に支障がでるんじゃないかと思うんです。

素で笑顔ならいいんです。

それは個性です。

でも、親が無理して、子供のためにとキャラを作ってしまったら、いつか親子関係にガタがくる気がしてしょうがないんです。

 

無理をしないでほしい。

 

「怒らない育児」なんて言葉、わざわざ背負って生きなくても大丈夫です。

きっと。

 

 

 

 

(いつもながら、おせっかいなカンジですみません)

 

 

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