元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

「かして」→「どうぞ」教育、そろそろやめませんか。

 

某大手幼児教材の体験DVDにて。

(大手すぎるのですぐばれると思うけど)

 

おもちゃで遊んでいるA君。B子ちゃんが、A君に「かして」という。

A君は「やだ」という。するとB子ちゃんが泣いてしまう。

そして喧嘩がはじまる。

これじゃいけないね。

だから、「かして」といわれたら「どうぞ」しようね。

そしたら仲良く遊べるね。

 

という内容。

 

 

え?

 

ひとが遊んでいるのに、「かして」といい、かしてもらえないと泣くB子ちゃんの図々しさには触れないんですか?

 

 

NHKでも「かして」「どうぞ」できたらやさしいねというような内容が幼児向け番組であったりするけど、確かにそれができたら「やさしい」かもしれないけど、こういう教え方は本当に正しいのだろうか?

 

実際にあった話だけれど、幼児の遊び場で、子供同士がおもちゃの取り合いを始めたとき、おもちゃをとっちゃったほうの親が「ほら、勝手に取っちゃだめでしょ、かしてっていうんでしょ」といい、かして、といわれたほうの子供は、そりゃ当然嫌がるのですが、その子の親は「ほら、どうぞ」でしょ、と言う。その子は「かして」「どうぞ」教育が徹底されているらしく、すぐに「どうぞ」といって、ふくれっ面でおもちゃをぽいっと投げた。親は「どうぞできたね」と褒めていた。

 

あるときは、小学校中学年くらいの子供たちが公園のブランコで遊んでいて、別の同じ年頃の子供たちがブランコにやってきて、「かーしーて」という。先にブランコで遊んでいた子供たちはまだブランコを始めたばかりだったので、かして、には応じず、何も言わずにブランコを続けていた。しかし、後から来た子は執拗に「かーしーて」といい、さもかさない奴は悪のようにひそひそと文句を言い始めた。

 

これでいいんでしょうか。


 

特に、一例目の幼児同士・親同士のやりとりはしょっちゅう出くわします。そして、たいてい、貸さない方が「やさしくない」「いけない」という空気になります。

 

 

大人社会ではどうするでしょうか?

例えば会社で、隣の席のひとが穴あけパンチを使っていて、自分もそれを使いたいと思ったとき、

即、「それ貸してください。」と言うでしょうか?

 

「すみません、それ終わったら次使わせてもらっていいですか?」とか言いますよね。

 

どうして子供にそう教えないんでしょうか?

 

今おともだちが使っているから、おわるまで待っていようね。とか、

「おわったら次つかわせて」って言ってみようね、とか、

「かして」って言ってだめだったら「みてていい?」って聞いてごらん?とか、

そのときの状況に合わせていろいろ言うべきことはあるんじゃないでしょうか?

 

とはいえ、2歳~3歳の子供にそんなこと教えても、なかなか我慢できないし、どうしても先に手が出てしまいます。で、喧嘩になって、どちらか(または双方)が泣くことになりますよね。

 

そんな時親はどうしたら良いか。

 

 

ごめんなさい、わかりません。

 

 

でも最近思うんです。いいんじゃないですか?喧嘩しても。泣いても。(開き直り)

お互いの気持ちが合わなければうまくいかないんだってこと、学ぶいい機会じゃないですか?

 

 

ちなみに私はそういう場面に出くわすと、ただただオロオロしています(笑)

 

「娘ちゃんも遊びたいんだね、でも△△くんもまだ遊びたいんだね、どうしようか・・・」「こっちのおもちゃはどうかな・・?」「こまったね・・・」と。

 

幼児ですから語彙は少ないし、お互いの気持ちはまだ考えることはうまくできないので、それをなるべく代弁したり確認したりするようにはしています。それから、「こっちのおもちゃで遊んだらどう?」とか、「みんな遊びたいみたいだから、あと十回やったら交代ってのどうかな?」って提案はしたりします。

 

私ができるのはせいぜいその程度。それでうまくいくこともあるけど、たいていはうまくいきません。あとは子どもたちの頑張りを見守るしかありません。

 

時にはおもちゃをかしてくれない「△△君きらい」って言ったりします。

強引に「かして」と言ってくる「××ちゃんきらい」って言ったりします。

そんなときも、「△△君はあのおもちゃで遊ぶのがすきなんだね。どうしたらいいんだろうね・・・」としか言えない。お坊さんとか尼さんなら、優しく説くことができるのかもしれませんが、私には徳もないしコミュ障だし。恥ずかしながら、本当にどうしたらいいかわからないんです、私。

 

ただ、「かして」は正義ではないし、「どうぞ」しないことは悪ではないと思う。

「きらい」という感情をもつことは素直なことで、それ自体はいけないことではないと思う。

 

 

はっきりしない、不甲斐ない親でごめんね。

 

 

でも親が不甲斐ないと子供はしっかりするもので(笑)

 

 

長女は、4歳前後から急に、「一緒に遊んでいい?」「私もつかってみたい。」「あと十回やったら交代ってのどう?」とか、「今やってるからあとで貸してあげるよ」「先につかっていいよ、でもあとで返してね」とか、言うようになりました。

 

 

そっか、「どうしたらいいかわからない」でもいいんだ、と思った瞬間です。

 

 

(幼稚園の先生が、娘やお友だちに人間関係をうまく教えているのかもしれませんが)

 

 

そもそも人間関係って感情と感情、価値観と価値観のぶつかり合いとか相互理解とか、そういう漠然としたものであって、そこに厳格なマニュアルはないですよね。(法律はあるけど)

 

「かして」→「どうぞ」教育には、この人間関係の根本を全部無視して「うまくいく」ためのマニュアルを教えているにすぎないのではないでしょうか?

 

そして「うまくいく」「おともだちとトラブルをおこさない」ということが良いことなんだという親の思想とか、親同士のトラブル回避のための遠慮とかを、子供に押し付けてはいないでしょうか?

 

お友だちにおもちゃを貸してあげられるような優しい子供になってほしい、という願いは、ほぼ全親御さん方が持っているものと思いますが、安心してください。

 

「かして」→「どうぞ」を頑張って教えなくても、子供たちの気持ちをひとつひとつ言葉にしておきさえすれば、子供はどうやら勝手に「交渉」できるようになるみたいです。

 

(もちろん個人差はあると思いますが)

 

(そして、うちの娘が「優しい」子になったかといったらそれはどうだか分かりません。どちらかというと、「したたか」なのかもしれません(笑))

 

 

そして、もう一つ私がやってたこと。

娘の優しい一面を見たら、褒めること。

いや、褒めるとはちょっと違うかな。

「娘ちゃん、○○ちゃんにかしてあげたら○○ちゃん喜んで遊んでたね。あなた達が仲良く遊んでると、私も嬉しい。」

と、自分の素直な気持ちを伝えることです。

 

これは経験則です。

子供の行為を褒めるより、自分の気持ちを伝えると子供はすごく喜んでくれます。

 

 

マイナスのこともそう。

「これは、こういう理由でやっちゃいけないんだよ」と理由をつけて説明するのも大切ですが、明確な理由をつけられないような場合でも「おかあさん、こういうことされたら悲しい気持ちになっちゃう」と、素直に気持ちを伝えてみたら、結構子供の心に響くみたいです。

 

そんな感じでやってたら、長女は5歳前後で、「わたし、お母さんに○○してほしいんだよね。そしたら嬉しくなっちゃうよ。」とか「お友だちが今日、こんなことをしてたんだよ。ちょっとだけ嫌だった。」とか、随分と気持ちをはっきり言うようになりました。

 

 

怒らない育児とか、褒める育児とかが流行ってますが、もう少し踏み込んで、

「伝える育児」なんていかがでしょう?

 

そして、なによりも、子供の気持ちをまっすぐ受け止める。子供の気持ちは絶対に否定しない。

「あなたはこうしたいんだね、でもどうしてもできないんだ。どうしたらいいかなぁ…?」

と一緒に考える。

 

 

これどうでしょう?

 

 

私は育児の専門家じゃないから、これがいいことなのか悪いことなのかは分かりません。親の気持ちを伝えることは、子供によっては衝撃が強すぎて、見捨てられ感を抱いたり、親の顔色をうかがうようになってしまうかもしれません。

 

 

 

…でも、効くよ。

 

とだけここに書いておきます。

 

 

ありのまま子育て

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