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元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

子供を産むということ その19 次女生後1ヶ月+長女1歳11ヶ月のころ。

子供を産むということ

 

こんにちは、コガです。

 

子供を産むということシリーズでは、忘れっぽい自分のために出産育児にまつわる体験談を綴っています。第二子のお産の回からだいぶ日にちがたってしまいましたが、今回は退院後のお話しです。

 

便秘と新生児黄疸と光線治療

便秘の回でも書きましたが、次女は生まれながらにして便秘症で、ほっとくとまる1日たってもうんちをしない状況でした。うんちが出ないと、ビリルビンという黄色い毒素が排泄されず、体内にたまり、黄疸になってしまうのです。24時間うんちがでなければ綿棒浣腸して出すのですが、退院までに2回くらいしか自力でうんちをせず、綿棒浣腸がほとんどでした。案の定毒素を排泄しきれず、次女の退院日を1日ずらして光線治療をすることになりました。ビリルビンはUVで無毒化するので、オムツと目を保護するマスクのみの着用で、光るハコのなかに入れられるのです。
ハコのなかですやすや眠るムスメ。母子一緒に退院できないのは寂しいけど、しかたありません。実は私自身も黄疸になりました。私の場合は、私の母がO型、父がAB型の、不適合が原因です。私も同じように照らされていたのね。

 

助けられて生きている

退院した日から約3週間、旦那のお義母さんがヘルプに来てくれました。

自宅の近所ある私の実家では母が介護に追われていて、とても私の事にかまえる状況ではなかったのです。しかも長女はもうすぐ2歳、手のかかる難しい年頃です。

それは大変だろうと、お義母さんが飛行機で駆けつけてくれたのです。掃除も炊事も洗濯も全部やってくれて、おやつも用意してくれて、至れり尽くせりでした。
さすがに、お互いに気を使うところは多少はありますが、任せるところは任せて、ちゃんと甘えさせてもらい、早く回復をすることでお返ししようと。

本当に、助かりました。感謝感謝です。

 

お乳を飲みすぎる次女と、お世話したがる長女。

次女はとにかく口が寂しくてなかなか寝てくれませんでした。泣き止まないから、お乳足りないのかな?と思っておっぱいを頑張ってあげたり、ミルクを足すと、飲み過ぎでブワーっと吐くのです(大量)。
お布団のシートやタオルはしょっちゅうびしゃびしゃになってお洗濯。ちょっとかわいそうになったので、おしゃぶりを試してみました。おしゃぶりの回でも書きましたが、これが的中!瞬寝です。


「泣いたらおっぱい、泣いたらおっぱい」というけれど、さすがに少しは抱っこやおしゃぶりで時間をあけてからおっぱいをあげたほうがいい事もあるのかも。

 

一方で長女は、妹のお世話をしたがります。お布団に寝かしてると、胸をとんとんしてあげようとしてるのでしょうが加減ができず、バンバン叩いてしまいます。抱っこしようとてして腹のあたりをぎゅーっと絞めてしまいます。気持ちは嬉しいけれど、ダメヨと引き剥がすしかありません。次女はベビーベッドに寝かして、柵もつけて、長女の手の届かないところへ。
(あっという間に、長女がベビーベッドの柵をよじのぼれるようになってしまうのですが。。その時には次女は4ヶ月、首もすわって背中もしっかりしていたので、多少蹴られても踏まれても大丈夫でした。)
お世話好きな長女、一時も目を離せませんでした。私はトイレにほとんど行けず、便秘になったり、危うく膀胱炎になったり。色々とスリリングな毎日でした。。

 

次女はたくましく育つことでしょう。

 

1歳11ヶ月、ことば。

保育園に行くようになってからというものの、長女はどんどん言葉と歌と踊りを覚えてきました。

・お友達とさよならできたの
・せんせーしょーだーだ、みなしゃんしょーだーだ、あたもげんぎーあしょびましょ
(先生さよなら、みなさんさよなら、あしたもげんきにあそびましょ)
が彼女の中での流行りでした。

あと、大型バスのうた。
おたばすおたばすー、おとり、ハイ おとり、ハイ
って歌うから、はじめはなんのことかさっぱりでしたが。

 

 

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