元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

STAP細胞はあります!?ー研究者が陥りやすい失敗原因

こんばんは、コガです。

この話題も世間では下火になってしまったようですが、検証実験は今も続けられていて、時々ニュースで途中経過が報じられています。先週のニュースによると、「理研内部の検証実験で、現段階でもSTAP現象は確認されていない」そうです。今までに数十回検証実験をしましたが、一度もポジティブな結果は出ていないとのことです(この検証実験に小保方氏が直接参加しているかどうかは、ニュースの表現では曖昧でした)。

ではSTAP細胞は無いのか?

「小保方氏が行う検証実験は11月を目処に終了する」とのことですので、結論を待ちたいと思います。


しかし、なぜ小保方氏が「200回以上STAP細胞の作製に成功していた」はずなのに、急にできなくなってしまったのか?

今までの会見等を見ていると、小保方氏が故意にサンプルをすり替えたり、ネガティブデータ*1をポジティブになるように加工したり、ということは無いような気がします。ちゃんと、彼女の当時の実験ではSTAP現象と思われるものが起こったのだと思います。「すごい発見をしてしまった!」という高揚感に満ちた表情でSTAP現象のプレゼンをする彼女の姿からも想像できます。
でも、彼女は重要な顕微鏡写真をとりちがえるうっかりさんです。実験でもうっかりがあった可能性もあるかもしれません。

実は、研究現場では「できたはずのことができなくなったり、出来なかったことが急にできたり」という事が、特に若手研究者によくあります。実験操作の未熟さや実験の基礎に対する認識(管理)の甘さから起こることが多いです。
今回は(STAP問題とは別に)よくある若手研究者の失敗原因を紹介します。

サンプルのとりちがえ

初歩的なミスですので、気をつけていれば防げることではありますが、実際の研究現場というのはミスしやすい環境です。
まず、サンプル数が膨大になること。ある1つの実験を様々な実験条件(温度とか濃度とか、反応時間)で実施したら、それだけ様々なサンプルが出来上がります。よく1.5 mlチューブ等で保管するのですが、1つの実験をするだけでチューブの山ができるほどです。それに1つ1つ名前をつけて管理するのですが、記入できるスペースはせいぜい1センチ四方。本人が分かる通し番号などをつけて、番号とサンプル情報の対比表を作ったりして管理します。でもなんにせよ膨大な数なので、間違いは起きやすいです。

そして、様々なサイズのチューブを使用するという事もサンプル管理を難しくさせています。よく使うのは、0.5mlチューブ、 1.5mlチューブ、 15mlチューブ、 50mlチューブ、 0.5ml入る穴が 96個空いたプレート等です。それぞれ専用の保管容器や試験管立てなどで保管しますが、1つの実験で出たサンプルが、その容量の違いのために保管庫内でいろいろなところに散在してしまうことがあります。また、これは冷蔵、これは-20℃、これは-80℃、と、サンプルによって保管し分けなければならないものことも。実験サンプルというのは書類やデータと比べると、圧倒的に管理が複雑です。企業の研究のような、ある程度ルーチン化していたり研究の範囲が限定されているものより、基礎研究のような手探りで幅広くやっているような場所でミスは起こりやすいでしょう。

サンプルの変質、腐敗

食品とおなじように、研究サンプルも時間がたてば劣化します。凍結・融解の繰り返しも劣化を進めます。菌の混入で腐敗することだってあります。ですので、サンプルの品質が変わっていないかを確認しながら実験をしなければなりません。普通は、実験毎にブランク*2、ポジティブコントロール、ネガティブコントロール*3等をとって確認します。1つの実験内で、データがポジティブかネガティブかをコントロールと比較するのは当然ですが、実験ごとに毎回とっているコントロール同士を比較して、サンプルの変質やとりちがえが無いかを確認するということも忘れてはいけません。

コンタミ

サンプルに別の何かが混入することです。菌が入って腐敗することもありますし、器具の洗い残しが入って実験結果が大きく変わってしまうこともあります。厄介なのは、実験に菌や細胞を用いる場合、誤操作で別の種類のものが混入し、培養することでそれが増えてしまうことです。培養を繰り返すと、混入したものに完全に置き換わってしまうこともあります。
ちなみに、バイオ研究者が第一に教わることは器具の洗浄です。器具は洗剤で洗ったあとに水で10回以上すすぎ、純水や超純水でさらに3回すすぎ、場合によってはメタノールエタノールでもすすぎます。汚れは目に見えないだけに、かなり慎重に洗浄します。

試薬のロットの違い

実験に使用する試薬はメーカーやロットによって違いがあることがよくあり、それが実験結果に影響を及ぼすことがあります。特に、複雑な構造の試薬や、酵素試薬、調製試薬によくあります。
実際にあった例を挙げますと、ある物質と反応させると赤く発色する試薬があり、その試薬のメーカーによっては赤く発色した後にすぐに退色が始まるものがありました。退色がおこると、測定中にどんどん値が変わってしまい、10という結果のはずが8になったりします。
使用する試薬のメーカーやロットをちゃんと記録に残しておき、試薬メーカーやロットが変わる時は特に注意をしなければなりません。。

サンプル授受時の情報伝達

サンプルの授受する際は注意しなければなりません。伝えているつもりでも情報不十分なことはよくあります。これは研究に限ったことではありませんね。コミュニケーションをちゃんととり、その記録(メールなど)も残しておかないといけません。

使用する容器の選択

容器の材質によっては、溶液中の特定の成分がが吸着してしまうことがあり、それが実験結果に影響することがあります。ガラスの試験管でうまくいった実験が、プラスチックチューブではうまくいかない、などということも。
予備実験として、いろいろな容器で同じ実験をして結果が変わらないかを確認したり、使用した容器の材質等を記録しておく必要があります。
容器のサイズも重要です。振とうしながら培養や反応をする場合、300mlの容器に50mlのサンプル液を入れるのと、100mlの容器に50mlの溶液を入れるのでは、撹拌効率や空気のとりこみが全然違います。反応容器のサイズも必ず記録し、毎回同じ条件で実験するようにします。

量り取る技術

実験では、粉や液体を量り取る機会がかなりあります。小学校の理科実験でも、粉をはかったりピペットをつかったりしますね。実験の基本中の基本ですが、実は技術と判断力が必要なのです。

まず、量り取る器具の選択。液体をはかりとるとき、ビーカーや三角フラスコのメモリを使ったらアウトです。ビーカーのメモリにはapprox.と書かれていますが、「だいたい」の意味です。このメモリは正確ではありません。液体を量り取る場合は、適切な容量のメスシリンダーやメスピペット、マイクロピペッター等を使います。
またサンプルによっては粘性があり、容器壁面に残ってしまうものもあります。そういう場合はピペッティングや共洗いをしたり、シリンジや押し出し式のピペッターを使用します。

次に、毎回同じ量をはかり取る技術も必要です(特にマイクロピペッターに言えることです)。
ピペッターの点検は欠かせません。日常の点検ではピペッターで水をはかりとって電子天秤で重さをはかって、決まった容量が正しく取れているか確認します(これを5回程度繰り返します)。ピペッター自体の点検に加え、実験者の手技の確認にもなります。
ちなみに、マイクロピペッターに新しいチップをつけて吸うとき、2~3回吸ったり吐いたりして慣らしをする必要があります。これが不十分だと、水で1%程度、粘度の高い液体だとさらに大きな誤差が生じることがあります。また、液体表面近くから吸うのと、奥から吸うのではかかる水圧が違うので、そこでも誤差が出ることがあります。勢い良く吐き出すとチップ内部に液が残りやすいということも。わずかな誤差が積もりに積もって誤差の許容範囲をこえることがありますので、注意が必要です。


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知識や経験、論理的思考から実験を組み立てて新しい発見をする以前に、基礎的なところでつまづくケースは結構あります。特に未熟な新米研究者や学生さんに多いです。卒論を書くための1年間では基礎力が足りず、ちゃんとした結果がひとつも出ないことも珍しくありません。
基礎的なミスがあると、数ヶ月、数年かけてやってきたことが水の泡。ミスによるものとわかればまだいいほうで、ミスしたかどうかもわからず良い結果が出てしまったものの再現が取れないとなると、共同研究者も巻き込んで大混乱になります。それを防ぐには、上記の「よくある失敗」を常に頭の片隅に置いておくこと、使用する機器(ピペッター等)の点検をすること、使用した試薬・器具の情報や行った実験操作をちゃんと記録しておくことが大切です。
*実験記録については、過去の記事
「実験ノート」なるもの - 元リケジョがママになりました。
でも紹介しています。

もしかしたら上記のいずれかが、STAP問題の要因になっている可能性があるかもしれません(部外者である私には知る由もありませんが・・・)。もちろん、STAP細胞がある可能性だってあります(そう主張する科学者もいます)。小保方氏が今回の検証実験でSTAP細胞を作れなかったとしても、もしかしたらちょっと違う方法でSTAP細胞の作成に成功する人が出てくるかもしれませんし、今回の「酸につける」アイディアをうけて、別の発見をする科学者が出てくるかもしれません。

正しく実験をして、ポジティブなりネガティブなり、正しい結果をだして、それの蓄積によって未来を照らす新しい発見が出てくることを期待します。


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最後になりましたが、STAP細胞の一件で亡くなられた笹井先生に、ご冥福をお祈りいたします。私は関係者ではありませんので、事の真相は分かりません。でも、私自身、国立研究機関で基礎研究をしていましたし、小保方氏と同世代の女性研究者でしたので、他人事とは思えないのです。もし、自分がすごい発見をして注目され、しかしミスが見つかり、日本全国、全世界から批判を受けたら。上司や周りの人々に多大な迷惑をかけてしまったら。どんなに気をつけているつもりでも、ちゃんとダブルチェックをしたとしても、基礎研究という複雑な環境でミスをゼロにできる自信がありません。

(少し話は飛躍するかもしれませんが)今どきは、私も含め個人がsnsやブログ等で気軽に公の場に発言できる時代です。特定の人物に対する意見や批判なども膨大な数飛び交っていて、しかもその人物がそれを簡単に見ることができます。なんとなく発信した批判的な意見も、それが日本国中で発信されれば、本人にとっては批判が大波になって押し寄せてくるわけです。
私もこうして意見や情報を発信する者として、内容には慎重にならなければいけないな、と考えさせられました。この内容は、本人に面と向かって言えるだろうか?本人を傷つけるのではなく客観的に議論できるような内容か?自分がそれを受け取る立場だったらどう思うか?と自分に問いかけながら、記事を書いていきたいと思います。
もちろん、「表現の自由」はありますが、同じ社会を生きるものとして、情報を受け取る人(相手)への配慮を忘れてはいけませんね。
個人の発する情報が、人を過度に追い込まないよう、そしてそれによって悲しい出来事を起こさないように願っています。

*1:たとえばある物質を生成する実験で、ある条件では生成しなかったときにネガティブ、生成したときにポジティブという。失敗とは全く別で、ネガティブデータも貴重な結果。

*2:たとえば、ある溶液に酵素を入れてどうなるかを調べるときに、酵素を入れていない状態のものをブランクという。

*3:ポジティブな結果になると分かっているサンプルや、ネガティブになると分かっているサンプル。実験結果の比較対象(コントロール)として使う。