元リケジョがママになりました。

元研究者の、ちょっと変わった視点で見た「世の中」を綴ります。

子供を産むということ その7~お産編

 

こんにちは、コガです。
妊娠、出産、育児にまつわるアレコレを、経験を交えてまとめ、いつか誰かのために(主に忘れっぽい自分と、ムスメのために)綴っています。
今回はお産編です。

 

陣痛さんのこうげき!

 

夜8時ごろ、まだ本格的な陣痛になる前に産院に行き、陣痛室でごろごろしていたら夜中の2時頃に本陣痛。おしりをきゅっとおさえると楽になると聞いていたので、きゅっとおしてみたらいきなり破水。抗生剤の点滴をうけながら陣痛との闘いがはじまりました。

破水してからはおしりを押さえるのをやめて、とにかく力を抜いて、すべての痛みを受け入れる作戦に変更。「お産を楽に早く進めるには、ゆっくり息を吐いて、力を抜くこと」助産師さんに言われたので、痛みがきたら呼吸だけに集中して心を無にしていました。じわじわと赤ちゃんが骨盤を押して降りてくるのがわかります。破水してしばらくはチョロチョロ漏れている感覚があったのですが、赤ちゃんが降りてくると頭でフタをするかたちになって、破水が止まりました。

 

夜中は、「立ち止まってうずくまるくらいの痛み」でしたが、徐々に痛みは強まり、朝6時くらいには「少しでも"無"が解けてどこかに力が入るとうめき声が漏れて軽くパニックになるくらいの痛み」になっていました。うまく痛みを散らせないと、吐き気がこみあげてきて、何回か吐きました。一方で、痛みと痛みの間はケロッとしていて、「おはよう、ねぇねぇ、そろそろしんどいから入院セットもって産院にきてよ」とダンナに電話できるくらい。


このときすでに3〜5分間隔の痛みを何十回もひたすら呼吸法でしのいでいるので、もうヘロヘロです。酸欠で意識を失うんじゃないかと思うほどでしたが、ギリギリのところで持ちこたえていました。もはやランナーズハイのような状態。立ち止まることはもうできない、ひたすら足を前に出し続けなけれならない。
ふと頭をよぎる、あのスポーツ漫画の名セリフ「諦めたらそこで試合終了だよ」…今回ばかりは反抗的になってしまう。諦めて終了できたらどんなに楽か!


それに、産んだらゴールというわけでもない、休む暇なく授乳ラッシュがあるし、保護者として子供を見守っていかないといけない。子供中心の生活はこの先10年か、20年か。もう当分立ち止まれないのです。子供を産むことってこういうことなのかな、と感じた瞬間でした。にわかにやってきた陣痛さんに、荒々しく背中を押されて、私はめでたく第一歩を踏み出したのでした。

 

長い長い陣痛。だんだん陣痛さんとのお付き合いの仕方がわかってきます。

陣痛さんのこうげき! 私はさらりとみをかわした!

私はようすをみている!

陣痛さんのかいしんのいちげき! 私はダメージを受けた!体力が170減った!

ナースがあらわれた! ナースは魔法の言葉をささやいた「力を抜いて、ゆっくり息はいてー、ふー、ふー、もう少しだよー」 

 

ひそかに死闘をくり広げていたら、ダンナと母親が応援に駆けつけてくれました。午前7時〜8時。いよいよいきみ感が強くなってきました。いきみってどんな感じかというと、大のほうの便のときとほぼいっしょ。(ホント。)
キレイなたとえではありませんが、便秘でカチカチになって詰まってるのに下剤の効果でとてもお腹が痛くなっちゃって踏ん張っているのに出る気配がない、あの感じに似ています。実際、助産師さんには「どう?う○こ出たくなった!?」と何回か聞かれました。

午前9時ごろ、子宮口ほぼ全開大。う○こ出たい感も十分な強さ。ようやく次のステップです。

本陣痛から約7時間のことでした。

 

お産はスポーツだ

 

分娩台に上がって心音モニタつけたらすぐいきみ開始。いきんで良いと言われてからはだいぶ楽です。体の要求通りにすればいいから。
陣痛の波が来たら、大きく息をすって、息を止めて踏ん張る!レバーを強く引っ張りながら、首を少し起こして、赤ちゃんが出てくる方をのぞきこむようにして、目をしっかり開ける。
陣痛が引いたら、大きく呼吸をして、赤ちゃんに酸素を届ける。

 

あまりにもおトイレのソレとにてるので、「う○こ出たらどうしよう」と言ったら、「保護するから、大丈夫!」と言われたので、心置きなくふんばりました。おそらく、直におしりを押さえられていたのだと思います。

 

ふと分娩室の壁を見ると、お産の流れを示したポスターには「子宮口全開大〜誕生 約2時間」の文字。「ここから2時間もかかるんですかー…?」なんて弱気なこといったら、「1時間でいきましょ!」助産師さんに力強く言われました。そんなもんなのか!?やっぱりお産はスポーツだ。

 

何度となくいきんで、だんだん鉄球のようなごついのが出口に向かっていって(膣が伸びるときの痛みは、マヒして感じませんでした)、「はい、力抜いてー呼吸短く!」と言われた瞬間、どぅるん、となんか出た感覚がありました。同時に赤ちゃんの鳴き声が。


感動!…というよりは、「うわっ、出た!」と、「すげースッキリした!」ってかんじ。立ち会っていたダンナは感動したようですが。
引き続き胎盤がどぅるんと出て、陣痛が嘘みたいに、きれいさっぱりなくなりました。


赤ちゃんが産後のケアを受けている間に、私も切れてしまった出口の縫合を受けました。これが痛い!どうせ切れるなら先に会陰切開をしたほうが楽です(二人目の経験より。)。1番楽なように切ってもらえるから。お産後初めての夜は、切れたところが焼けるように痛くて、その後も2週間くらいは円座クッションがないと座れませんでした

 

産後だっで痛い


話は戻ってお産直後のこと。
お産の後は2時間ほど分娩台に寝たまま産後経過を観察します(おまたはとじます)。出血量を見たり、内診したり。産後はすぐに後陣痛とともに子宮の収縮がはじまります。痛みは、陣痛のはじまり程度。生理痛のいちばん強い時くらいでしょうか。初産より経産婦のほうが強い傾向にあります。
私は出血量が多かったので、子宮を収縮させるお薬を点滴されました。さらに子宮をぐいぐいおされました。これまた痛い。本来産後2時間ほどでお部屋に移動になるのに、出血量か多いため4時間くらい分娩台でごろごろしていました。美味しそうなランチが分娩台横に運ばれてきたのですが少しでも体を起こすと貧血で目の前が真っ白になるのでやむなくランチは諦め、ダンナにたべてもらいました。ダンナと私の母も待ちぼうけ。赤ちゃんを抱っこしたり写真を撮ったり、親戚に報告したり。なんだかんだで赤ちゃんがいれば飽きないようで。

 

産後4時間ほどたって、なんとか起きられるようになったので、部屋まで運んでもらい、やっとのんびりできました。すぐに母子同室の方針の産院でしたが、さすがに授乳できる状態ではなかったので、1日は新生児室で預かってもらうことになりました。
オールで陣痛と戦っての出産と貧血だったので、へろへろです。
夕飯をなんとか少し食べ、体を綺麗に拭いてもらい、寝ました。
いや、よく眠れませんでした。後陣痛と、切れたところの焼けるような痛み。痛み止めはもらいましたが、けっこうつらい。お産はスポーティーでしたが、産後は病的なかんじ。産後の方が気分的に辛かったです。。

 

ぶよぶよに垂れ下がったお腹をながめながら、なんとか眠りにつきました。

そんな入院・・・もとい、合宿一日目。

次回は新米ママ合宿の様子です。

 

 

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